フッサール『論理学研究』読解(001)

■『論理学研究』第一巻
■序論
 これから『論理学研究』を読んでゆくが、この第一巻は、第二巻に始まる本来の論理学研究の序説(プロレゴメナ)となるべき書物である。その多くが、さまざまな論理学の理論、とくに心理主義的な理論を批判することに捧げられる。

 第一一章になって「純粋論理学の理念」が考察されるまでは、批判的な意味合いが強いので、わたしたちの読解も簡単に済ませることにしよう。第一一章からは詳細に読んでゆくことにする。ただ現象学用語についてはこまめにチェックしてゆくことにしたい。


■第一節 論理学の定義とその諸理論の本質的内容とをめぐる論争
 この節でフッサールは、そもそも論理学とは何かという定義において混乱が存在しているのであり、「今日もなおわれわれは論理学の定義とその本質的諸理論の内容とに関する全面的な見解の一致からは程遠い状態にある」(12)[1]ことを、ミルを引用しながら指摘する。
 そしてフッサールは、論理学の三つの主要傾向を列挙する。心理主義的論理学、形式的論理学、形而上学的論理学である。最初の引用がミルであることからも明らかなように、フッサール心理主義的な論理学が「その代表者と意義の点で決定的な優位を占めている」(23)ことを確認するのである。

 フッサールがこの書物で検討しようとしているのは、論理学の心理学主義と論理学主義の対立のどちらに根拠があるかということである。フレーゲによる批判以来、フッサールが『算術の哲学』で採用しいた素朴な心理学主義を放棄したことよく知られている。しかしフッサールフレーゲの論理学主義を全面的に採用したわけではないことは、いくつかの点から明らかである(フッサールフレーゲの違いについては『フッサールフレーゲ』[2]参照。フッサールフレーゲの批判でそのことにはじめて開眼したわけではないことも、この書物で明らかにされている)。

 フッサールは『算術の哲学』で採用していた「弱い心理学主義」は否定しておらず、この書物では「強い心理学主義」の批判を企てるのである。そしてハイデガーも指摘しているように、第二部以降ではときに心理学主義に戻ったのではないかと思われる記述が登場するのもたしかである。

[1]フッサール『論理学研究』第一分冊、立松弘孝訳、みすず書房。以下ページ数だけを示す。
[2]J.N.モハンティ『フッサールフレーゲ』(勁草書房)


■第二節 原理的諸問題を改めて究明する必要性
 論理学とはどのような学であるかについて、このように定義そのものについて混乱と対立かある状態では、原理的な問題を問うことが改めて必要とされるのである。そもそも学問の目標はその定義において示されるのであり、この定義によってその学の領域が決定されるのである。

 ただし学問にとって重要なのは、領域を定義することだけではなく、領域を混同しないことである。アリストテレスが戒めたメタバシス(他の類への移行)は、論理学にとってはとくに重要な戒めである。フッサールが指摘する危険とは、メタバシスがもたらす弊害である。こうした弊害しては、目標の設定が不適切になること、原理的に論理学に適さない方法が採用されること、論理学のさまざまな層を混乱させ、正しい論拠による命題を偽装させて、別の種類の思想系列にまぎれこませるなどの危険があげられる。

 フッサールはこの書物の目的を最初に二点列挙している。第一は、「従来の論理学が、特に心理学を土台とする現代論理学が、ほとんど例外なく、すでに述べたようなメタバシスのさまざまな危険にさらされている」(26)ことを指摘することである。第二は、「理論的な根拠の誤解とそこから生じた領域の混同とによって、論理学的認識の進歩が著しく疎外されてきた事実を明らかにする」(同)ことである。

■第三節 論争問題。取るべき道
 フッサールは論理学に関する論争点を四点列挙し、それに基づいて彼の志向する「純粋論理学」について簡単に規定する。その詳しい内容は、第一一章で説明されることになるだろう。これらの論争点は次のとおりである。
(一)論理学は理論的な学か、それとも実用的な学(技術学)であるか。
(二)論理学は他の諸学から、とくに心理学や形而上学から独立した学であるか。
(三)論理学は形式的な学か、質料にもかかわるのか。ここで形式的な学とは、認識の形式だけを対象する学ということである。それとも認識の内容(質料)にもかかわる学なのだろうか。
(四)論理学はアプリオリな論証の学か、それとも経験的で機能的な学なのか。

 これに対してフッサールが示す「純粋論理学」の理念は、「学問的認識あらゆる技術学の土台をなし、アプリオリな純粋論証的学の性格をそなえた、新しい純粋理論学」(27)となるべきものである。第一の点については理論学であることが明記され(ただし技術学という性格を否定するのではなく、その土台となることを目指す)。第二の点については、心理学からは独立した学であることが強調される。第三の点については、カントが超越論的な論理学において示したような「質料」にかかわることを避けて、「純粋な学」であることを目指す。第四の点については経験的な学ではなく、アプリオリの学であることが強調されるのである。

 

■フッサールとフレーゲ

モハンティ,J.N.【著】〈Mohanty,J.N.〉/貫 成人【訳】価格 ¥3,564(本体¥3,300)勁草書房(1991/02発売)

【目 次】
第1章 歴史的研究
第2章 心理主義の問題
第3章 意味の理論
第4章 論理学、および知識の理論
第5章 結 論