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作田啓一「生の欲動-神経症から倒錯へ-」(9/16)

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書名 生の欲動-神経症から倒錯へ-
著者名 作田啓一/〔著〕
出版社 東京 みすず書房
出版年月 2003.10
価格 2800円
ページ数 298p
大きさ 20cm
ISBN 4-622-07060-X
件名 異常心理学 精神分析 犯罪心理学
NDC9 145
NDC8 145
抄録 禁止の法を超えて享楽の法へ-。想像的ファルスの引力が強まれば倒錯が生じる。ラカンジジェクを援用しつつ、酒鬼薔薇少年事件から豊川主婦刺殺事件まで、非合理的な動機を探求する「作田人間学」。
著者紹介 作田啓一〉1922年生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。3つの大学で社会学の教員を務める。著書に「生成の社会学をめざして」など。

 


内容説明

禁止の法を超えて享楽の法へ―想像的ファルスの引力が強まれば倒錯が生じる。ラカンジジェクを援用しつつ非合理的な動機を探求する“作田人間学”の現在。

目次

酒鬼薔薇少年の欲動
フェリーニの『道』
ジョイスとシュレーバーラカンによる精神病へのアプローチ
悪の類型論―ラカンジジェクによる
真の自己と二人の大他者―ラカンレヴィナスが交わる点
倒錯としてのいじめ
ロマン主義・倒錯・アノミー
ナルシシズムという倒錯
愛の深層―ラカンジジェクを通して
空虚感からの脱出―豊川市主婦刺殺事件の少年

著者紹介

作田啓一[サクタケイイチ]
1922年1月生まれ。1948年9月、京都大学文学部哲学科(社会学専攻)卒業。1949年5月から1995年3月まで、三つの大学で社会学の教員を勤める

出版社内容情報

酒鬼薔薇少年は特別な人間である」という考察が「人間というこの不可解な生きもの」を探求する連作の始まりだった。それ から5年、ジョイスとシュレーバー、悪の類型論、真の自己と二人の大他者、倒錯としてのいじめ、ロマン主義・倒錯・アノミー、ナルシシズムという倒錯、愛 の深層、そして豊川主婦刺殺事件を論じた「空虚感からの脱出」まで、本書を通読するとき私たちは、著者の緻密強靭な知性と、自らの経験に裏打ちされた洞察 力に圧倒される。

レヴィナスラカンジジェクらの理論を援用しながらも、本書を貫いているのは著者をとらえて放さない「動機のよくわか らない犯罪」への関心である。その後も起こる「少年犯罪」の主たちを、社会の反映としてではなく欲動の犠牲者として見ること。それは被害者の報復感情を無 視するのではなく、「社会」に加えて「人間」というパースペクティヴを用いることである。現象の底にある本質を考えるために、人間を生成 (becoming) の立場から見るために。社会学の枠を越えた〈作田人間学〉の達成にして現在進行形がここにある。


作田啓一(さくた・けいいち)
1922 年1月生まれ。1948年9月、京都大学文学部哲学科(社会学専攻)卒業。1949年5月から1995年3月まで、三つの大学で社会学の教員を勤める.主 著『価値の社会学』(岩波書店、1972、岩波モダンラシックス、2001)『ジャン‐ジャック・ルソー--市民と個人』(人文書院、1980、『増補 ルソー--市民と個人』筑摩叢書、1992)『個人主義の運命--近代小説と社会学』(岩波新書、1981)『ドストエフスキーの世界』(筑摩書房、 1988)『生成の社会学をめざして--価値観と性格』(有斐閣、1993)『三次元の人間--生成の思想を語る』(行路社、1995、1998再版) 『個人』(〈一語の辞典〉三省堂、1996)など。

 

【読後評】★★★☆☆

評価の難しい本だ。ラカンの理論の図解による説明は面白いが、酒鬼薔薇少年の犯罪やいじめ問題などとの内的な結びつきがよくみえてこない。高齢でありながら、becomingという同人誌を主宰している活動力は尊敬に値するが。