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「経済学的ロマン主義の特徴づけによせて」--レーニンを読む(008)

レーニンの流刑地での1897年の論考をまとめていくつか読もう。


■「経済学的ロマン主義の特徴づけによせて」(011)--大月版全集第二巻(p.111-264)
 レーニンは、1897年2月13日に、三年間シベリアに追放するという判決を下された。ただし三日だけ自由時間が認められた。この間にレーニンは社会民主主義者の会議を組織した。この会議では、レーニンなどの「老人組」と一部の「青年組」の間で激しい論争が展開された。それは社会民主主義者の任務にかんする論争であった。


 老人組は、労働者階級の指導的な政治組織である社会民主党の革命的性格を主張した。これにたいして青年組は労働組合主義を主張し、政治的な任務を否定した。彼らは、政治闘争は自由主義的なブルジョワジーに任せようとしたのである。この傾向は「経済主義」と呼ばれるようになった。


 レーニンは1897年2月17日に、シベリアに向けて出発する。流刑地は僻地であり、レーニンはここで農民の生活を詳しく調査するとともに、哲学の研究に集中した。婚約者のクルプスカヤもシベリアにやってきたが、警察が結婚を条件にそれを認めたために二人は結婚する。彼女は1898年3月にミンスクロシア社会民主労働党の第一回大会が開かれたことをレーニンに伝えた。


 この流刑地でレーニンは、ナロードニキ批判を続けた。それが「シスモンディとわか祖国のシスモンディ主義者たち」というサブタイトルのついたこの文章である。シスモンディは、すでにマルクスの『資本論』で厳しい批判されているスイスの経済学者である。彼は「小規模生産の熱烈な支持者であり、大規模企業経営の擁護者と思想的代表者に抗議しているが、それはロシアのナロードニキとちょうど同じ」(113)だったのである。そのためロシアではシスモンディの理論の支持者が多かった。


 レーニンはシスモンディの理論を「ロマン主義の経済理論」と呼び、その重要な特徴を次のように要約し、批判する。
一)小規模な生産者が零落することで、国内市場は縮小する。これは資本主義の成長が国内市場を縮小すると主張する理論である。しかし資本主義は生産素材の生産を含めて、市場を拡大していくものである。
二)国民所得と資本形成についての混乱。彼は拡大再生産ということを知らない。利益は資本家が自家消費して浪費してしまうと考えている。
三)彼はスミスの理論を引継いで、生産物は再生産と所得に分割され、所得は消費されると考える。そのため蓄積の概念がない。そして恐慌が生まれると考えるのである。「恐慌は生産と消費の不照応によって生まれる」(150)と考えるのである。彼は「国民所得を支出と一致させ、生産を消費と一致させることが必要であると説くプチブル的な道徳によって」(162)、自分の無能を糊塗している。
四)彼は機械化による過剰人口の発生と、それが資本主義にたいして持つ意味を理解しない。農業人口の減少と工業人口の増加の関係を理解しない。資本主義についての理解がまったく不足しているのである。


 結論としてレーニンは、シスモンディのロマン主義は、「ナロードニキの願望および綱領とまったく同種のものである」(233)と指摘する。どちらも現実の経済条件を無視して、「古ぼけた旧時代の家父長制的な条件を再生する条件を無意味に持ち出す」(同)にすぎないのである。

■「新工場法」(012)--大月版全集第二巻(p.265-313)
 1897年6月2日にロシア政府は「工場における労働日の短縮と休日の設定を定めた新しい工場法を発布」(265)した。これは労働者の大規模なストライキの効果が示されたものである。レーニンはこの法の規定を工場主にしっかりと守らせること、たとえば労働時間とは何かについての定義を明確に確認して、労働時間に算入されていない作業時間をきちんと算入させる必要があることを指摘する。


 ただしこうした法律は、先進的な地域ですでに確立されている慣行を否定し、後進地域の慣行に法律の規制を加えるものであり、実際には先進地域の労働条件を改悪するものとなっている。「労働者の状態は、新しい法律の施行によって改善されないばかりか、むしろ悪化さえするであろう」(296)といわざるをえないのである。労働者たちは、「法的な根拠に基づいて労働者を奴隷化しようとする昔ながらの渇望を抱く古くからの敵が、今新しい法律に隠れて自分らに立ち向かっている」(298)ことを認識しなければならない。

■「ある新聞記事について」(013)--大月版全集第二巻(p.314-321)
 ナロードニキの新しい空想的な計画が発表された。それは「簡易化された農村農民金庫の立案」(315)である。これはロシアの共同体にみられる「中世的な組合のみじめな残存物を自慢する」(320)試みにほかならない。