Charles E. Lindblom

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Charles E. Lindblom
Born March 21, 1917 (age 97)
Citizenship American
Fields Politics
Institutions Yale University
Known for work on numerous political theories
Influences Robert A. Dahl
Influenced Robert A. Dahl

Charles Edward Lindblom (born March 21, 1917[1] ) is a Sterling Professor Emeritus of Political Science and Economics at Yale University. He is a former president of the American Political Science Association and the Association for Comparative Economic Studies and also a former director of Yale's Institution for Social and Policy Studies.


Academic work

Lindblom is one of the early developers and advocates of the theory of Incrementalism in policy and decision-making. This view (also called Gradualism) takes a "baby-steps", "Muddling Through" or "Echternach Theory" approach to decision-making processes. In it, policy change is, under most circumstances, evolutionary rather than revolutionary. He came to this view through his extensive studies of Welfare policies and Trade Unions throughout the industrialized world. These views are set out in two articles, separated by 20 years: "The Science Of 'Muddling Through'" (1959) and “Still Muddling, Not yet through” (1979), both published in Public Administration Review.

Together with his friend, colleague and fellow Yale professor Robert A. Dahl, Lindblom was a champion of the Polyarchy (or Pluralistic) view of political elites and governance in the late 1950s and early 1960s. According to this view, no single, monolithic elite controls government and society, but rather a series of specialized elites compete and bargain with one another for control. It is this peaceful competition and compromise between elites in politics and the marketplace that drives free-market democracy and allows it to thrive.

However, Lindblom soon began to see the shortcomings of Polyarchy with regards to democratic governance. When certain groups of elites gain crucial advantages, become too successful and begin to collude with one another instead of compete, Polyarchy can easily turn into Corporatism.

In his best known work, Politics And Markets (1977), Lindblom notes the "Privileged position of business in Polyarchy". He also introduces the concept of "circularity", or "controlled volitions" where "even in the democracies, masses are persuaded to ask from elites only what elites wish to give them." Thus any real choices and competition are limited. Worse still, any development of alternative choices or even any serious discussion and consideration of them is effectively discouraged.

An example of this is the political party system in the United States, which is almost completely dominated by two powerful parties that often reduce complex issues and decisions down to two simple choices. Related to this is the concurrent concentration of the U.S. mass communications media into an Oligopoly, which effectively controls who gets to participate in the national dialogue and who suffers a censorship of silence.

Politics And Markets provoked a wide range of critical reactions that extended beyond the realms of academia. The Mobil Corporation took out a full page ad in the New York Times to denounce it.[2] This helped the book achieve greater notoriety, which in turn helped it get onto the New York Times' Best Seller list (a rarity for a scholarly work). Due to his criticism of democratic capitalism and polyarchy, and also for his seeming praise for the political-economy of Tito's Yugoslavia, Lindblom was (perhaps predictably) labeled a "Closet Communist" and a "Creeping Socialist" by conservative critics in the west. Ironically, Marxist and Communist critics chided him for not going far enough. Originally, Dahl, too, disagreed with many of Lindblom's observations and conclusions; but in a recent work How Democratic Is the American Constitution? he also has become critical of polyarchy in general and its U.S. form in particular.

In The Market System: What It Is, How It Works, and What to Make of It (2001), Lindblom eloquently echoed and expanded upon many of his concerns raised in Politics And Markets. The most important of these is that while the Market System is the best mechanism yet devised for creating and fostering wealth and innovation, it is not very efficient at assigning non-economic values and distributing social or economic justice.

Select bibliography

  • Lindblom, Charles E. (1959), "The handling of norms in policy analysis", in Abramovitz, Moses; et al, The allocation of economic resources: essays in honor of Bernard Francis Haley, Stanford, California: Stanford University Press, OCLC 490147128.
  • Lindblom, Charles E. (1959), The science of 'muddling through'. Public Administration Review, 19, pp. 79–88.
  • Lindblom, Charles E.; Braybrooke, David (1963), A strategy of decision: policy evaluation as a social process. Free Press.
  • Lindblom, Charles E. (1965), The intelligence of democracy, Free Press.
  • Lindblom, Charles E.; Dahl, Robert A. (1976), Politics, economics, and welfare: planning and politico-economic systems resolved into basic social processes, with a new pref. by the authors. Chicago: University of Chicago Press.
  • Lindblom, Charles E. (1977), Politics and markets: the world's political-economic systems, New York: Basic.
  • Lindblom, Charles E. (1979), Still muddling, not yet through "Public Administration Review", 39, pp. 517–526.
  • Lindblom, Charles E.; Cohen, David K. (1979), Usable knowledge: social science and social problem solving Yale University Press
  • Lindblom, Charles E. (1984), The policy-making process, 2nd edition, Englewood Cliffs, New Jersey: Prentice-Hall.
  • Lindblom, Charles E. (1990), "Inquiry and change: the troubled attempt to understand and shape society", Yale University Press
  • Lindblom, Charles E.; Woodhouse, Edward J. (1993), The policy-making process, 3rd. ed. Englewood Cliffs, New Jersey: Prentice Hall.
  • Lindblom, Charles E. (2001), The market system: what it is, how it works, and what to make of it, Yale University Press.

政策形成の過程 : 民主主義と公共性 / チャールズ・E.リンドブロム, エドワード・J. ウッドハウス著 ; 藪野祐三, 案浦明子訳

東京 : 東京大学出版会 , 2004.5



千葉大学公共研究センター フェロー

宮     文彦

千葉大学 公共研究 第3巻第1号 (2006年6月)

第2節 多元主義の台頭とその批判


シューバートにおける 「現実主義者」 の見解は、 何らかの価値規範性をもつた概念としての「公益」を認めず、ただあるものは現実に「公益」と呼ばれているもの、 あるいはそうみなされているものが存在するに過ぎないというものであった。 そのような見解はシューバート自身も採用する 「行動論」 の立場であり、その一つの成果として生まれてきたものが、多元主義もしくは多元論と呼ばれる立場である。 とりわけ「公益」概念に焦点をあてる本稿では、チャールズ・リンドブロムによる「多元的相互調節理論」「漸増主義incrementalism」を取り上げることとしたい。リンドブロムの見解では、いわゆる 「公益」 というものがいかに実現されるのかという問題に対して、 あたかも、市場における価格の自動調節機能のように、一人ひとりそれぞれ「個別利益」 をもつた人びとが集まってきて、 相互交流を行うことによって実現されるものであるという 「多元的相互調節理論」 なるものを提唱している。


政治に参与する人々 は皆、 個別利益の追求者partisan である――すなわち、 彼らは一つの支配的な共通目的などというものを共有してないのである。その代わり、人々は私的な目的と、 自らが公益であると考えるものを何かしら組み合わせて追求する。 幸いにも、 相互作用によって、 そのように個別利益を追求する人々は、 自分たちが必要としているものの少なく ともその一部を大部分の人が手にいれるための方法を生み出すことができるようになるのである。(Lindblom(1993)pp24 25=34頁)

その過程において「利益集団活動」は、市民や集団指導者の見解を組織化するとともに、意見の集約機能も担う重要な役割を果たしているという。すなわち、 「単に部分的、 あるいは個別利益でもって共通利益を埋め合わせにする」のではなく、 むしろ、 「個人の利益の信じ難いほどの多様性や対立を克服するのに役立つている」(p76=110頁) というのである。

また一般に批判されることの多い「利益集団の官僚との相互交流」 に関しても 「政府が対応すべき非常複雑な議題への取り組みを手助けすることにより、社会問題の解決に大きく寄与している」(p77=112頁)のであり、「利益集団のシステムは、 より狭い範囲の政策形成過程で達成できたであろうよりも聡明な政策の選択肢を引き出すことができる」 (p78=113頁) と述べている。

 要するに利益集団は、 市民の要求を明確化し、 関連づけることによって、実行可能な議題を形成することに役立つているのである。 利益集団は、 責任を担う公務員に直接フィードバックを提供するとともに、他の公務員に不満を訴えることで、 政府の行為を監視する役目を果たしている。 利益集団は、 単に要求を発するだけではなく、 重要な情報源として機能している。また利益集団は、 有効な協力体制の形成を促進しているのである。 これらの役割は、 強大な政党システムを持つている国家ではそれほど重要ではない。 というのは、 これと同じ目的を達成するためのもう一つの手段を政党が提供しているからである。 (p79=114頁)

そもそも 「現実主義者」 リンドブロムの場合には、 「公益」 概念に対する懐疑が存在している。 リンドブロムはもちろん、 利益集団が政策形成において大きな役割を果たしていることを、 手放しで賞賛しているわけではない。利益集団が過不足なくすべての市民を代表し得ないことから生じうる「政治的不平等」を指摘した後で、 「利益集団は偏狭で部分的な利益を追い求め、 公共の福祉を無視するかもしれない」と問題点を取り上げているが、これを「もっともらしい主張ではあるが、この主張には注意する必要がある。厳密にいえば、すべての人が共有するような立場viewpointsは、おそらく存在しない」と述べている(p86=124頁)。利益集団が求めているものは個別の私的利益ではなく公益であると自認しているとしても、 その行動の帰結が建設的なものであるとは限らないが、それはアメリカの現実的な問題として、あまりに広範に拒否権が分散しているために、 決定が遅らされ、 「あるいは問題解決の努力をまったく頓挫させてしまう」(p87=126頁) ような結果を招いているとリンドブロムは指摘する。彼にとってその解決策、 よりよい政策形成に求められることは結局「試行錯誤を重ねながら進んでいくこと、 また経験からの戦略的な学習をより促進するために社会生活や社会思想を再編することが不可欠であること」 という、 いわゆる 「漸増主義incrementalism」 となるのである。


 政策形成は、 権力を共に担う という環境の下で、 無数の関係者が相互に交流することによって生み出される政治的な過程である。 したがって最も重要なのは、社会の広範な問題や可能性に関して利害関係や見識を持つている人々の間で、 理知的な調査や討論、 および相互調整が促進されるように、 社会過程と権力関係が築かれているかどうかである。 潜在的に意味のある参加が、 特定の社会集団や意見に対して差別的な権限付与を行う ような、組織的偏向によって蝕まれたり排除されたりしていれば、知性は十分に発揮されないだろう。 (p.141=202頁)

このようなリンドブロムに代表されるような現実主義は、 ベントレーの 『統治の過程』やV・O・キィによる『政治・政党・圧力団体』、またトルーマンによる『統治過程論』 などを通じて形成されていった、 いわゆる 「多元主義」 の流れとしての一つとして理解することができるであろう。後の節でも取り上げることとなるロバート・ダールなどもその代表的論者としてあげることができる。ダールにはリンドブロムとの共著もあり (Dahl and Lindoblom(1953))、その後もニューヘヴン市の事例研究をも とに、 争点ごとの権力構造の多元性を描いた 『誰が支配するのか』 などでその理論を展開している。

もっともこの「多元主義」(ないし多元論)という表現は、多分な曖昧さを含むものであり、アメリカ独自の文脈で議論されるべき部分も多く含んでいる。しかし一つ指摘できることは、それがアメリカ政治学における「政治の科学化」と密接な関連を持つていることは明らかであり7、シューバートにおける 「理想主義者」の見解やルソーの「一般意思」に見られるような、超越的な「公益」の存在を認めることはなく、現実にどのようにして「公益」と称されるもの、認められるものが生み出されてくるのか、というその過程に着目をし、それを実証的に明らかにしていこうとするものである、 と理解することができるであろう。