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エルガー、『ゲロンティアスの夢』を作曲(1900)--20世紀の思想と芸術

 

 

1889年エルガーは32歳の時にキャロライン・アリス・ロバーツと結婚した。彼女はエルガーヴァイオリンの教え子で、エルガーより8歳4ヶ月年上だったが、愛情によって結ばれた。ウスターのナイト神父が結婚の祝いにエルガーに贈ったのが、ジョン・ヘンリー・ニューマン枢機卿の長編詩『ゲロンティアスの夢』だった。カトリック教徒であったエルガーはこの詩に感銘を受け、「少なくとも8年間もの間に、この詩は私の心の中にあったが、著者の思想を私自身の音楽的な刺激の中へ徐々に同化していった。」と説明している。自筆のスコアには「1900年の夏、バーチウッドにて」記録されているが、その年43歳の誕生日を迎えた4日後の6月6日にようやく完成を見た。

初演は1900年10月3日、バーミンガム音楽祭において、ハンス・リヒターの指揮によって行なわれた。当時の聴衆はヘンデル風のオラトリオを期待していたが、エルガーの新しいアプローチに戸惑いを隠せなかったという。しかし、バーナード・ショウを含む一部の批評家たちは『ゲロンティアスの夢』を傑作と認め、曲の神秘と詩情、効果的な合唱書法、鮮やかな音楽的心象、貴高い精神性などが賞賛された。

また、1901年12月19日、ユリウス・ブーツのドイツ語訳によるヨーロッパ大陸初演が、ブーツの指揮でデュッセルドルフにおいて行われた。ブーツは同年同地におけるニーダーライン音楽祭で5月19日に再演した。当時既に音楽界では著名な存在だったリヒャルト・シュトラウスがこの公演に出席した後、レセプション・パーティで「イギリスの最初の進歩的な作曲家マイスター・エルガーの成功と健康のために乾杯」と祝辞を述べた。これによって、エルガーの名はドイツでも一躍有名になった。イギリスでも『ゲロンティアスの夢』は聴衆から愛好されるようになり、以後ヘンデルの『メサイア』、メンデルスゾーンの『エリヤ』と並んで3大オラトリオとして親しまれている。

日本初演1975年9月19日、東京厚生年金会館において、山口貴指揮、フィルハーモニー合唱団日本フィルハーモニー交響楽団によって行われた。

 

 

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