ロザンヴァロン『連帯の新たなる哲学』朝日の書評


書評:連帯の新たなる哲学―福祉国家再考 [著]ピエール・ロザンヴァロン - 山下範久(立命館大学教授) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

 

連帯の新たなる哲学―福祉国家再考 [著]ピエール・ロザンヴァロン

[評者]山下範久(立命館大学教授)  [掲載]2006年07月02日   [ジャンル]人文 

 

 

■不幸が特定の人びとに偏らない社会を

 福祉国家が補償の対象とすべき不幸は、従来、偶然的で 短期的なものであり、社会に確率的に分布するものと想定されてきた。しかしその前提はもはや失効したというのが、本書の起点である。いまやひとびとの不幸 は、固定的で長期的であり、より重要なことに、個々人の人生の条件や軌跡を解析することで、確定的にその分布を同定しうるようなものとなってきている。
  従来的な想定のなかの不幸は、保険の仕組みを通じて、そのリスクを社会的に分散・共有させることができる。その不幸は、同じ社会に属するほかの誰かに起こ るのと同じくらいの確率で自分にも起こりうるがゆえに、ひとびとはそれぞれ保険に参加する動機を持つ。しかしグローバル化に伴って社会構成が多様化し、情 報技術と生命技術の発展に伴い、リスクの偶然性が低下すると、保険による連帯の根拠は失われる。そこには、隣人の不幸を自分にも起こりえた不幸だと捉(と ら)える契機はもうないからだ。結果として、(市場的な)効率追求の場からいったん排除された者は、福祉の領域に隔離され、社会への再参入を半永久的に阻 まれることになる。
 特定の境遇におかれた個々人を固定的に排除しつづけるような社会が不公正であることは明白だ。必要なのは、物財的な補償の給 付以上に、すべてのひとが社会に参入するための条件を用意することである。社会参入のための条件はひとりひとり違う(違うがゆえにこそ保険では連帯できな い)。ある場合には職業訓練がその条件かもしれないが、別の場合には地域社会との日常的な関(かか)わりを増やすことがそれにあたるかもしれない。その個 別の条件に対応しうる支援を多元的に拡充していくことが、福祉の領域と市場の領域の分断をゆるやかに架橋することにつながるはずだと著者は主張する。
 社会への参入のしかたの自由度を高める方向に福祉国家の能動化を求める著者の議論は、アマルティア・センのケイパビリティ(潜在能力)の考え方にも通ずるところがある。グローバルな射程を持つ良書である。
 評・山下範久北海道大学助教授)
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 La nouvelle question sociale
 北垣徹訳、勁草書房・3465円/Pierre Rosanvallon 48年生まれ。仏・社会科学高等研究院の政治学者。