理念型の概念について---山本通「ヴェーバーの「儒教とピューリタニズム」論文に関する一考察」(2)
『儒教と道教』の論文に関連のある山本通「ヴェーバーの「儒教とピューリタニズム」論文に関する一考察」(商経論叢, 44(3-4) )の二回目。今回は「我われは,ヴェーバーの業績を批判的に継承する立場から,事実の検討を踏まえた理論と理念型の再構築を,追求し続けなければならない」という観点から理念型の問題が取り上げられます。
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■2.「儒教とピューリタニズム」論文に関する問題点
□A.理念型的な方法について
ヴェーバーの理念型的方法論に関しては,欧米と日本で1990年代以後に展開した歴史学方法論争が思い起こされる。ポスト・モダニズムの「構築主義」の立場に立つ一群の社会学者や文学者による「伝統的歴史学」方法論批判をめぐる論争が進展していく中で,批判者側と反批判者側との双方が,「歴史」は歴史家のイメージ(表象)によって「構築」されていくのだ,という事態を共通に確認したように思われる(6)。
歴史学方法論についてのこのような検討は,我われを再びヴェーバーの社会科学方法論と理念型論の重要性に思い至らせる。実際,社会学においても歴史学においても,研究者は,自覚的であろうがあるまいが,さまざまな抽象度のレベルで,有用な理念型を巧みに構築することなしには研究を進めることはできない。ただし,構築されるべき理念型は,研究対象となる時代が古くなるほど,また,研究テーマのスケールが大きくなるほど,その抽象度を増し,社会的現実から離れていく傾向がある。
言うまでもなく,ヴェーバー社会学の研究テーマのスケールは非常に大きいので,その理念型の抽象度も高い。その『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』における問題提起は,近代資本主義と「禁欲的」プロテスタンティズムの相互の適合関係であったが,その中でヴェーバーは理念型の構築について,次のように述べる。
「我われにとって重要なのは……宗教的信仰および宗教生活の実践のうちから生み出されて,個々人の生活態度に方向と基礎を与えるような心理的機動力を明らかにすることなのだ。……もちろんその場合,考察の方法としては,宗教的思想を,現実の歴史には稀にしか見ることのできないような『理念型』として整合的に構成された形で提示するほかはない(7)」。
問題のスケールがさらに大きくなり,プロテスタントの職業倫理を,儒教,ヒンドゥー教,仏教,イスラム教のそれらと比較しようとした『世界宗教の経済倫理』の「序論」の中では,構築される理念型の抽象度は更に高まる。ここではヴェーバーは次のように言う。
「[世界宗教の経済倫理を比較考察するためには,それらを]それらがかつて現実に発展の流れの中にあった場合よりも,本質上いっそう統一的な姿をとっているかのように組織的に叙述しなければならない。そういった意味で『非歴史的』であることの自由を,敢えて選びとらなければならない。……このような単純化は,恣意的に行われる場合には,歴史的『虚偽』を生むであろう。しかし少なくともこの場合,そんなことが意図されているわけではない。むしろ,ある宗教の全体像の中で,実践的な生活様式の形成という点で,その宗教を他の宗教から区別してきたような,決定的な諸特徴に常に力点を置いた,そういうことなのである(8)」。
『倫理』論文における「禁欲的プロテスタントの職業倫理」の理念型や「儒教とピューリタニズム」論文における「ピューリタニズム」や「儒教」の理念型は,問題関心に即して理論的に鋭く整合的な(つまり結果的には極端な)姿をとるように構築されたものであるが,それが事実に反する(ありえない)事態となる可能性は許容されるべきではない。このような場合には,やはり,事実の検討を踏まえた上で,当該の理論と理念型を構築し直す必要があろう。ところが,ヴェーバー研究者たちはこれまで,このような批判的な試みを,ヴェーバーの理論的整合性重視ヴェーバーの立場から却下することが多かった。我われは,ヴェーバーの業績を批判的に継承する立場から,事実の検討を踏まえた理論と理念型の再構築を,追求し続けなければならない,と考える。
(6)言語論的転回と構築主義についての手ごろな入門書としては,キャサリン・ベルジー『1冊でわかるポスト構造主義』折島正司訳,岩波書店,2003年がある。また,構築主義の立場からの伝統的歴史学批判と,それをめぐる論争については,さしあたり,G・スピーゲル「歴史・歴史主義・中世テクストの社会理論」『思想』838号,1994年;L・ストーン,P・ジョイス他「論争:歴史学とポストモダン」『思想』同上;G・イッガーズ「歴史思想・歴史叙述における言語論的転回」『思想』同上;小田中直樹「言語論的転回と歴史学」『史学雑誌』109編,第9号,2000年;中村政則「言語論的転回以後の歴史学」『歴史学研究』779号,2003年;ピーター・バーク『文化史とは何か』長谷川貴彦訳,法政大学出版会,2008年,第4章~第6章などを参照せよ。
(7)ヴェーバー『倫理』,140~141頁。
(8)マックス・ヴェーバー「世界宗教の経済倫理:序論」大塚久雄・生松敬三訳『論選』83頁。